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公平性は、排出枠の初期交付方法に大きく依存するところがあって、オークションで交付する場合には、獲得機会は均等であるため、公平性を確保しやすい。
一方、過去の排出実績をもとにして排出枠を無償で配分するグランドファザリングの場合は、公平に排出枠を配分することは困難であるといえる。
例えば、温室効果ガスの排出削減対策をすでに実施している企業等にとっては、対策実施後の排出量をベースとして排出枠を初期交付される場合に、対策を実施していなかった企業等と比べ不利となることや、新規参入企業にとっては、過去の排出実績がないために初期交付を受けられない等の課題がある。
したがって、産業界の主張もあながち的外れではない。
事実、ヨーロッパの排出権取引制度の導入にあたっては、割当の公平性等をめぐり訴訟が多発しており、企業が各国政府を提訴した事例がEU全体で800件程度あったともされている(環境省・経済産業省・日本経済団体連合会「EU域内排出量取引制度に関する調査報告書」2007年6月15日)。
まして、京都議定書の削減目標設定にあたっては、各国の過去の排出量実績などは全く考慮されずに、政治的に目標値が設定されたことから「不平等条約」との声が出るのである。
加えて「京都議定書が経済に深刻な悪影響を及ぼす」とされる理由は、議定書を前提とした温暖化防止対策が、本質的には「消費活動を抑制し、無駄なエネルギーを消費しない禁欲的で質素な生活」を奨励することにつながるおそれを、企業経営者は敏感に察知しているからだともいえる。
そこで、温室効果ガスの抑制は、総量ではなく、あくまで経済活動当たりの原単位で考えるべきだという主張が出てくる。
米国でも、2002年2月14日、B大統領は、議定書を離脱するにあたって、米国内の温室効果ガス排出量を、米国経済の規模に応じた水準まで引き下げるという意欲的な気候変動戦略を確約した。
このとき掲げられた目標は、温室効果ガス集約度(経済活動l単位当たり排出量)を、今後10年間で18%引き下げるというもので、総量主義ではなく、原単位をベースとした考え方であった。
原単位主義が産業界のぎりぎりの妥協点だということだろう。
「国民や企業の自主的な取組みを促す施策を温暖化対策の中心とすべきである。
政府は個人や企業の自由な活動を阻害する管理型の施策をとるべきではない」というように、規制措置ではなく、あくまで自主的取組みでなければならないというのが日本産業界の立場だ。
ある企業経営者からは、「中国が石炭エネルギー消費をすべて転換し、米国が省エネを進めてエネルギー効率を半分にすれば、地球温暖化問題は一気に解決する」という海外に矛先を向けた意見が出てくる。
また、「解決策と呼ばれているものの、多くは真の意味で温暖化防止に貢献するかどうかわからないものがたくさんある。
評価手法さえ確立されていないのに、まともな対策など打てるはずがない」という思考停止の宣言が出てくる。
さらに「経済成長を犠牲にしてよいなどと軽々しく口にしてもらっては困る。
国内の雇用機会がこれ以上失われ、失業者が溢れても地球環境が大事だとはたしていえるだろうか」との疑念が呈される。
それに「地獄への道は、善意で敷き詰められている」と有識者が援護射撃を重ねる。
さらには「環境問題を声高に叫ぶ人には、どうも自己満足でやっているだけと思われる人が多い」という批判が出る。
総量主義で削減を義務付ける京都議定書を直視せずに済ませたいという本音が産業界には、依然として根強くある。
では、はたして京都議定書は批判されるように「欠陥だらけ」なのか。
尊重派の立場も紹介しておかなければなるまい。
まず、京都議定書の起源はどこにあるのか。
1979年に、UNEPおよびWMOが気候と気候変動に関わる研究に着手した。
洪水、干ばつ、暖冬などの異常気象が契機になってのことである。
その後、気候変動に関する懸念が増大するにつれ、各国が効果的な政策を立案するために、科学的情報を包括的に提供する必要性が認識された。
「世界の科学者を動員し、最新の科学的知見を集大成し、評価し、世界にレポートとして発表する」。
こうした機能を果たすIPCCの構想はこうして生まれた。
設立構想は1987年のWMO総会並びにUNEP理事会で提案され、1988年に承認。
この年の11月にジュネーブのWMO本部内に事務局を置くかたちで同組織はスタートした。
また2月には、国連総会が、気候変動が人類の共通の関心事であることを認識し、全世界的な枠組みでの取組みを求める決議を採択する。
IPCCによる地球温暖化に関する調査は、まず1990年に「来世紀末までに全球平均気温が3℃程度、海面が約65cm上昇する」とする「評価報告書」となって公表される。
地球環境問題が国際的に重要な課題であるという機運が高まり、1990年12月に国連に「気候変動枠組条約交渉会議(INC)」が設置された。
そして1992年4月に「気候変動に関する国際連合枠組条約(気候変動枠組条約)」が採択されたのである。
この間、1年4カ月という異例の速さだった。
この条約は、気候に対して人為的な影響を及ぼさない範囲で大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させることを目的とし、とくに先進国に対しCO2その他の温室効果ガスの人為的な排出量を1990年代の終わりまでに1990年の水準に戻すことを求めた。
折しも、1992年6月にブラジルのリオデジャネイロで「地球サミット」が開催された。
ここで155カ国が条約に署名。
その後、1993年12月に条約発効の条件である50カ国目の批准があり、1994年3月に条約は発効している。
しかし、条約には制裁条項は盛り込まれていない。
そこで条約で開催が定められた第1回目の締約国会議(1995年3月にベルリンで開催)は、2000年以降の対策について第3回締約国会議で具体的な目標を定めること等を決定した。
これは「ベルリンマンデート」と呼ばれる、京都議定書の生みの親となった合意である。
ちなみに、この会合の議長を務め、抜群のリーダーシップを発揮したのが、現在のM独首相(当時、環境相)である。
メルケル氏がいまも地球温暖化問題に世界の首脳のなかで最も強いこだわりを持っている理由は、このあたりにあるのだろう。
条約の最大の問題は、先進国に対しCO2その他の温室効果ガスの人為的な排出量を1990年代の終わりまでに1990年の水準に戻すことを求めていたものの、罰則はなく、しかも2000年以降の枠組みに何ら触れていない点にあった。
そこで、一定の強制力のある枠組みを新たに作らなければ本当の意味はないという認識がNGOや発展途上国から提起されていった。
「2000年以降の温室効果ガス削減目標を第3回締約国会議で定めること」「その削減目標について発展途上国には約束を課さないこと」という意見がベルリンマンデートヘと収敵していった。
その年の12月にはIPCC第2次評価報告書が採択された。
「CO2、CH4、N20等の温室効果ガスの大気中濃度は、工業化以前より際立って増加しつつある。
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